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胸を張る姿勢の問題点

胸を張る姿勢の問題点

 あなたは「胸を張る」と、せすじが伸びて正しい姿勢になると考えていませんか?

 しかし、実際そうはなりません。何故なら胸を張ってもせすじは伸びないからです。

 「何をおかしな事を言っているんだ」と思われる方も多いでしょう。そのような方こそ、是非この記事を最後までお読みください。もし内容に納得できなくても、新しい姿勢の見方を発見できるでしょう。

 誰でも知っている胸を張る姿勢。しかし、それが具体的にどのような姿勢なのか、実はほとんどの方は知りません。ここでは既成概念にとらわれずに、胸をはる姿勢を見ていきましょう。

美しいけれど、健康ではない姿勢

胸を張る人トルソー 

オーギュスト・ロダン作胸をはる女性

 上の写真は、かの有名な「考える人」を作った彫刻家、オーギュスト・ロダン作の「胸をはる女性」という彫刻です。この彫刻は1800年代に作られたものですから、少なくとも200年前にはすでに「胸を張る = 美しい」と多くの人は考えていたのでしょう。

 この考え方は、長い時間をかけて「胸を張る = 正しい姿勢」と変化していったのだと私は考えています。そして現在、誰もが胸を張る姿勢を正しい姿勢だと自然に受け止めているようです。それは日常よく使われる「胸を張って生きる」という言い回しにも現れています。これは胸を張る姿勢が正しい姿勢である事が前提の言葉だからです。

 確かに、胸を張る姿勢は美しい姿勢です。しかし、美しいだけでは「正しい」とは言えません。正しい姿勢を名乗るには、いくつかの条件をクリアする必要があります。条件はいくつかありますが、その中でも「健康である」という条件は特に重要です。何故なら、日々過ごす姿勢が体に悪いならば、健康は大きく損なわれてしまうからです。そして、まさにこの点で胸を張る姿勢は正しい姿勢とは言えません。実は、猫背よりからだの負担の大きい姿勢だからです。

 では何故胸を張る事がからだに負担なのか、それをこれから明らかにしていきましょう。その為に、まずは胸を張る姿勢について詳しくみていきます。そうする事で、その理由の一端が見えて来るからです。

胸を張ってもせすじは伸びない

 まずは胸を張る姿勢の「かたち」について詳しく見ていきましょう。

胸を張った姿勢

胸を張る姿勢。左は実際の写真 右は模式図

 上図の左は、実際の胸を張っている人の写真、右はそれを模式的に表したものです。形をわかりやすくする為に線を引いてみます。

胸を張った姿勢

 上図は、先ほどの図に線を引いて背中の形をわかりやすくしたものです。 まず単純に明らかになるのは、胸を張る姿勢の背中は真っすぐではない、という事実です。真っすぐなのは首から肩だけで※1、肩から胸にかけては大きく内側に傾いています。ここで実際の背すじの伸びた姿勢と比較してみましょう。

背筋の伸びた姿勢と胸を張った姿勢比較

左)胸を張った姿勢 右)背すじの伸びた姿勢

 図左は胸を張った姿勢で、図右は背すじの伸びた姿勢です。このように両者を比較すると、胸を張った姿勢のでこぼこした背中がよりはっきりとわかります。では、このような背中になる胸を張る「動作」とはどのようなものなのでしょうか?

 それは自分で実際に胸を張ってみればわかります。意識的に大きく胸を張ってみて下さい。背中中央が強く緊張して、斜め上に胸が突き上がる事がわかるはずです。模式図で示すと下のような動きになります。

胸を張る動作

胸を張る動作とは、胸を突き上げる動作

 つまり、胸を張る事とは、胸を上に突き上げる事なのです。 しかし、実際に胸を張ってみた人の中には「そんな事はない。背すじは伸びているように感じる。」と感じた方もいるかもしれません。 しかしそれは、背中の緊張を背すじの伸びる感覚と勘違いしているからです。鏡を見ながら繰り返し動きを確認すれば、そうでない事がわかるでしょう。

胸を張る事と関係する様々な症状

 さて、胸を張る動作とその形がはっきりすれば、何故からだに負担なのか、その理由も見えてきます。

  • 真っすぐな首は、首こり・頭痛の原因
  • 曲がった背中は、肩こりと背部痛の原因
  • 反り腰は、腰痛、冷え・むくみの原因
  • 肋骨のスキマが狭くなり息苦しくさる

真っすぐな首は頭痛やコリの原因
 ストレートネック
 胸を張ると、首は直立状態になります。見た目には問題なく思えますが、実は真っすぐ過ぎるのもからだに負担なのです。このようなまっすぐの首をストーレートネック(上図右)といいいます。ストレーットネックは首の筋肉が強く緊張した状態で、頭痛やコリに悩まされる原因になります。

ストレートネックと肩こりの関係グラフ

 上図はストレートネックと肩こりの関係を示したグラフです (※私の治療室における統計データ。無作為に抽出した300人の姿勢写真から分析)。縦軸は、肩こりの人の割合。横軸はストレートネックの程度を示していて、グラフの右にいくほど首がまっすぐである事を示しています。

 グラフを見てみると、左端では半数程度だった肩こりの割合が、首がまっすぐになるにつれ増加して、最終的には9割ほどの人が肩こりを訴えるようになる事がわかります。このように、少なくとも肩・首の症状とストレートネックが関係しているのは間違いないでしょう(※ストレートネックについて詳しくはこちらで解説しています)。

曲がった背中は肩こりの原因
 胸を張ると背中は肩を中心に2つに折れ曲がります。曲がった背中は肩こりの原因となります。

反り腰は腰痛・冷え・むくみの原因
 悪い姿勢の中で全身の反り返りが一番強いのが、この胸を張った姿勢です。からだの反りが強まると、腰は「そり腰」になり、腰の筋肉と関節に強い負担をかけて腰痛になります。 又、下半身が前に傾く為に、ふくらはぎを中心とした筋肉が緊張して、冷えやむくみにもなります(反り腰についてはこちらで詳しく解説しています)。

肋骨のスキマが狭くなり息苦しくなる

胸を張ると肋骨が狭くなる

 胸を張ると胸側の肋骨のスキマが狭くなります。その為に呼吸が阻害されて、息苦しくなります(※姿勢と息苦しさについてはこちらで詳しく解説しています)。


 上に紹介した以外にも、からだが緊張しやすくなったり、疲れやすくなったりと、様々なトラブルが胸を張る姿勢と関係しています。実際、私の治療室に訪れる方を見ても、猫背の方に比べて胸を張るクセのある方の方が多様な症状に悩まされているケースが多いのです。

胸を張る姿勢は隠れ猫背

 胸を張る姿勢が「胸を上に突き上げた姿勢」だとすると、実はこれとよく似た姿勢があります。それは猫背です。

 おかしな事を言っていると思われるかもしれませんが、事実なのです。試しに胸を張った姿勢と猫背を並べて見てみましょう。

胸を張った姿勢と猫背は同じ背中の形

胸を張った姿勢の形と猫背姿勢は一緒の形?

 上図左が胸を張った姿勢、右が猫背姿勢の模式図です。このようにただ並べただけでは、同じ背中の形に見えないと思います。

 しかし、そう見えないのは図を「姿勢」として見ているからです。 純粋な「形」として見れば、見えなかったものが見えてくるようになります。とは言え、いきなりでは何を言っているのかもわからないと思いますので、単純な記号で「形」を見る実例を紹介しましょう。

アルファベットL

 上図はアルファベットのLの字です。これを字としてではなく「形」として見てみましょう。

 a)Zth i 

 形として見やすいよう直角の記号をいれてみました。このように、アルファベットのLの字を純粋な形として見れば、「直角に曲がった線」だと言う事が出来ます。

 さて、ここからが問題です。人は「直角に曲がった線」を見たら、文字としては必ずアルファベットのLだと判別するのでしょうか?

 答えは下図を見てください。

ひらがなのくの字

 上図は、直角に曲がった線を左に45°回転させたものです。形は同じままですが、見る方向が変わった事で、文字としてはひらがなの「く」の字に見えてきます。そしてさらに、図を回転させて見ると、

キャレット記号

 今度は^記号(キャレット記号)に見えてきます。 これが純粋に「形」として見る事の難しさです。つまり、「見方」が変化すると、同じ形でも別物に感じてしまうのです。

 さて次は、同じ要領で胸を張った姿勢と猫背を比較してみましょう。

胸を張った姿勢の背中の形はL字に似ている

胸を張った姿勢の背中は"L"の形に近い

 上は、胸を張る姿勢の模式図です。首から胸にかけて線を引いて形をわかりやすくしています。線を見ると、先ほどのアルファベットのLの字の形に似ていますね。直角ほど曲がっていませんが、胸を張る姿勢の背中の形は「折れ曲がった線」だと言えます。

猫背の背中のかたち

 同様に猫背も見ていきましょう。背中の形を示す線は、ひらがなの「く」の字の形をしています。つまり、猫背も「折れ曲がった線」の形なのです。

 このように形としてみれば、胸を張った姿勢と猫背は同じ「折れ曲がった線」です。では、どうして異なる姿勢に見えるのでしょうか。それは、先のアルファベットのLの字の例と同様、「見る方向」が異なるからです。ためしに胸を張る姿勢を時計回りに少し回転させてみましょう。

胸を張った姿勢を前に回転させると背中の形はひらがなのくの字に

 上図のように、"く"の字の形をした背中になります。そして、ここでふたたび猫背の形と比較してみましょう。
猫背と胸を張った姿勢の背中は両者共にひらがのくの字の形

左)胸を張った姿勢 右)猫背姿勢

 どうでしょう。今度は胸を張った姿勢と猫背が、同じ背中の形に見えると思います。このような事実から、私は胸を張った姿勢を隠れ猫背とも呼んでいるのです。

 又この事実から、過去(又は現在)猫背だった人に胸を張るクセのある人が多い理由もわかります。誰でも自分が猫背だと気付けば、少なからず姿勢を正そうと意識するようになります。そこで、つい胸を張ってしまうようになります。しかも背中は同じ形ですから、意外にも胸を張る動作は猫背の人になじみやすいのです。

 もちろん胸を張っても見た目が変化するだけで、背筋が伸びるわけではありません。しかし、胸を張っている間は猫背には見えませんから、常に胸を張っていようとする意識が身に付いてしまうのです。

どうして胸を張る姿勢の誤解は広まったのか

 以上、胸を張る姿勢について客観的な事実を見てきました。このように冷静な目で見れば、「胸を張る姿勢はせすじの伸びた姿勢でない」と理解するのは簡単な事です。しかし今現在、多くの人は胸を張る事を背筋の伸ばす事だと考えています。その正確な原因はわかりませんが、私の考える仮説は以下です。

 沢山の方のお話を聞いてみると、少なくとも戦後生まれ以降は「胸を張ると背筋は伸びる」と考えている方がほとんどでした。しかし、それよりさらに昔の人々はそうではなかったのではないかと私は考えています。何故なら、昭和以前の古い日本人の写真や肖像画を見ると、胸を張っていると思われる人物像はほぼないからです。これは和服の文化が影響していると私は考えています。和服は本来の「せすじの伸びた姿勢」で一番美しく見えるように作られているからです。

 しかし、戦後にかけて洋装(洋服)の文化が日本に少しずつ定着していきます。洋装は和装と異なり、胸を張る姿勢が一番見栄えするように作られています。その為「胸を張る姿勢 = (洋装の栄える)美しい姿勢」という考え方が広がっていったのではないでしょうか。そして、長い期間を経て、いつのまにか「胸を張る姿勢 = 正しい姿勢」という考え方が認知されるようになったのではないか、と私は考えています※2

 そして、ここでおかしな誤解が生まれます。正しい姿勢として「胸を張る姿勢」が広まった一方、本来の「せすじの伸びた姿勢」も多くの方が今も正しい姿勢だと考えています。しかしこれでは正しい姿勢が2つある事になってしまいます。そこで無意識にこの2つ認識を混ぜ合わせ、「胸を張る姿勢 = せすじの伸びた姿勢」という認識が広まったのではないか、というのが私の考える仮説です。

胸を張る姿勢との付き合い方

 さて、ここまで胸を張る姿勢についての解説が終わりました。まとめると以下のようになります。

  • 胸を張ってもせすじは伸びない。
  • 背中の形だけ見れば猫背と同じ。
  • からだに強い負担がかかる。

 以上のような問題点のある事を考えると、胸を張るのはすぐにもやめた方が良い、と言わざる得ません。しかも、胸を張った姿勢を日々日常的に続けていると、いずれその形のまま背中は固まって「胸つき出し姿勢」になってしまいます。そして、一度そうなってしまえばもう簡単には元に戻りません。ですから、クセになる前に胸を張る事をやめる必要があるのです。

 しかし、実際はそう簡単にはいかないでしょう。何故なら、すでに胸を張る事は我々の生活に深く入り込んでいて、切り離せないものになっているからです。ですから、我々は胸を張る姿勢とうまく付き合っていく必要があります。

 日常生活において胸を張るのは、からだを美しく見せたい為である事は間違いないでしょう。しかしもし、美しいだけでなく健康でもある姿勢が他にあるとしたらどうでしょうか。 実際そのような姿勢があるのです。下の図をご覧下さい。

  2つの美しい姿勢 胸を張る姿勢と背筋の伸びた姿勢

左)胸を張った姿勢 右)せすじの伸びた姿勢

 上図の右が、そのもう一つの美しい姿勢、「せすじの伸びた姿勢」※3です。日本では古くから正しい姿勢として考えられてきた姿勢です。又、理想的な「正しい姿勢」としてこのホームページで紹介している姿勢でもあります。つまり健康である事も含めて、正しい姿勢の条件を全てクリアしている姿勢なのです。

  2つの姿勢を並べて見ると、美しさの種類が異なる事がわかります。胸を張った姿勢はメリハリのある美しさ、一方、せすじの伸びた姿勢は静的な美しさです。一言で言えば、「強調」と「自然」の違いです。

 美しさの質が異なるため、これら2つの姿勢は日々の生活の中で無意識に使い分けられています。使い分ける主な条件は服装です。洋服(洋装)に似合うのが、胸を張る姿勢。そして、和服に似合うのがせすじの伸びた姿勢です。この事実を簡潔に表しているのが、マネキンです。マネキンは着せられた服種が一番引き立つように作られているからです。

洋服と和服のマネキン模式図

左)洋服用のマネキン 右)和服着付け用マネキン

 上の図は洋服(左)と和服(右)に用いられる典型的なマネキンの図です。洋服用マネキンは胸を張る姿勢、和服用マネキンはせすじの伸びた姿勢で作られている事が図からわかりますね。

 胸を張った姿勢の美しさの根本は、からだを強調する事です。 からだの強調は、ダンスなどの芸術の世界では当たり前に行われている事です。 例えば、フラダンスやベリーダンスなどでは、腰から臀部にかけての動きを強調する為、独特の姿勢をとります。しかし、強調された部位には、その分ストレスが多くなる事は誰でも想像できるでしょう。一方、せすじの伸びた姿勢は自然な状態ですから、からだにストレスはがかかりません。

 我々の生活は、現在ほぼ洋式化しています。日常着ている服装はほとんど洋服ですから、美しく見せるには胸を張る必要があります。ですから、胸を張るのを完全にやめるというのは非現実的です。しかしだからといって、四六時中胸を張っている必要はないわけです。つまり、必要に応じて胸を張る姿勢をすれば良いのです。たとえば、おしゃれをしておでかけする時などは胸を張る姿勢を意識する。そして、自宅に帰ってのんびりする時は自然な姿勢で過ごすようにすればよいのではないでしょうか。このように使い分ける事が出来れば、姿勢が変形する事もなく、健康も維持できるはずです。

 さらには、もう一つの美しい姿勢である「せすじの伸びた姿勢」について詳しく知り、それも適時使いこなせれば、なお良いのではないでしょうか。そしてそれこそ、このホームページを作った目的の一つでもあります。是非、「せすじの伸びた姿勢」について詳しく知って、さらに興味をもったならば、姿勢矯正にも是非チャレンジしてみて下さい。

まとめ

最後にまとめです。

  • 胸を張る姿勢は美しいけれども、正しい姿勢ではない。
  • 胸を張ってもせすじは伸びない。
  • 胸を張っている時の背中の形は猫背と同じ。
  • 胸を張り続けると、様々な健康問題がおきる。
  • 必要のない時は胸を張らないよう心がけよう。

- 詳 細(各 論) -
※この記事の内容を各論にしたものです。



補足メモ

※1 この首が真っすぐな状態をストレートネックといいます。ストレートネックは、様々な健康問題と関わりがありますが、コチラで詳しく解説しています。
※2  先に「胸を張る=美」という概念は、200年以上前からあったと解説しましたが、日本においては、せいぜい50〜60年ぐらい前、わりと最近普及した概念である可能性が高いと考えています。理由として、昭和初期ぐらいまでの古い日本人の写真を見ると、あまり胸を張った人は見受けられないからというのが一つ。着物文化が古くから日本にはあったから、というのが2つ目の理由です。ですから日本では、洋装が広く普及した頃から胸を張るという概念が一般化したのではないか、と私は考えています。では、それはいつ頃からでしょうか。以下はウィキペディアより引用です。

 第二次世界大戦が終わった1945年以降の女性達は、空襲がなくなったので、所持していたが着られなかった和服を着るようになった。‥(中略)‥しかし、和服が高価であり着付けが煩わしいことなどが原因となってか、安価で実用的な洋服の流行には敵わず、徐々に和服を普段着とする人の割合は少なくなっていった。


 このように、第二次大戦後1945年以降ぐらいから洋装が日常化して和装をする人が減ってきたようです。よって1950年代くらいから「胸を張る」という概念が日本に浸透してきたと思われます。又、日本が西洋式軍隊を取り入れたのも一因かもしれません。西洋式軍隊の立ち姿勢は、まさに「胸をはる」姿勢だからです。
※3 せすじの伸びた姿勢といっても、本当に背中が真っすぐなわけではありません。人の背中は、生まれつき全体が"S"の字にわん曲しています。これを「生理的わん曲」といいいます。ここでは、胸を張る姿勢に対比させる為、"真っすぐ"という言葉をあえて使っています。
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